一瞬、私の心の内を暴かれたかと思った。「一緒に寝るか」と聞かれた時、心が震えた。心の臓は今もなお、大きく高鳴って私を苦しめる。鶴丸先生は何を考えているのだろう。私は本当に先生の隣にいてもいいのだろうか。
初めて、人の心を知りたいと思った。
けれど鶴丸先生が私の知りたいことを答えてくれるとは限らない。機嫌を損なわせてしまうかもしれない。
……どうしてそんなに遠慮するの、と私の中の誰かが問う。
迷惑に思われるくらいなら、関わりたくないから。嫌われるくらいなら、好かれる努力なんてしたくないから。どんな好意も受け入れることができなくて、それなのに独りは嫌で。いつか誰かに救って欲しいと甘えていた。でもそれではきっと私は独りのままなのだと思う。誰の心にもかすることもなく、思い出されることもなくゆっくりと消えていく。ピアノを辞めたいと言えば、鶴丸先生にとって私はただの過去の生徒になるのだ。
本当は、私もひとりは嫌。けれど誰かを傷つけたくなくて、どんな救いの手も跳ね除けてその顔も見ずに逃げ続けた。誰もいない独りの家はいつも静かで、やっと人目を気にせず落ち着ける場所ができたのに、家の中は時の流れを感じることができなくて、私にはもうこれ以上の幸せがないのだと悟ってしまう。
だからこのまま今日を終えて、明日の朝には元の先生と生徒の関係になりたくない。先生の弱音も全部なかったことにしたくない。私のこの気持ちに決着をつけたい。
決意した私は鶴丸先生がいる二階の部屋の前で控え目に扉をノックした。部屋から先生が出て、少し驚いた顔をする。
「どうした?」
「私……」
鶴丸先生の姿を見た瞬間、頭が真っ白になって声が出ない。鶴丸先生は待っても用件を言えない私に眉を寄せた。
「すぐに言えないなら、立ち話もなんだから座って話すか」
「はい、すみません」
「そこのベッドに座ってくれ」
緊張しきりで、私は鶴丸先生の言われるがままベッドの上に座った。ドアを閉めた鶴丸先生は私を押し倒した。ベッドのマットレスが大きく沈み、軋みを上げた。目の前には不機嫌そうな鶴丸先生の顔。
「あ、の、先生……?」
鶴丸先生のことは嫌いではないのに、怖くて声が裏返った。
「君はそうやって無防備だから、こんな俺にさえ押し倒されるんだ。一つ屋根の下に二人しかいないのに、危機感がなさすぎるんじゃないのかい?」
「だ、だって鶴丸先生には乱さんがいるじゃないですか!」
部屋の中は突然しん、と静まりかえり、外の雨の音しか聞こえなかった。
私にしては珍しく、声を荒げてしまったせいなのか鶴丸先生は目を見開いていた。そして落ち着くと、顔をひきつらせて言った。
「そ……れは、何の冗談だい?」
「お二人は特別な関係のように思えたので。男女であんなに親しそうにしていたら、そういう仲なのだと思って……」
まさか二人の間には何かあったのだろうか。私は聞いてはいけないことを聞いてしまったのか。けれど、鶴丸先生から怒っている雰囲気は消えていた。
「君、なぁ」
はぁ、と鶴丸先生は脱力するように盛大にため息を吐いた。
「今言っても信じないかもしれないが、乱は……あれで男だ。女装が趣味なんだ」
「……え?」
「俺と同じ大学で、何度も言うが男だ。鶯丸も知っている。ちゃんと紹介できなくて悪かった」
男の人にしてはとても綺麗で可愛かったし、声も高かった。でも、鶴丸先生が嘘を言っている様にも思えない。
「あの時は、乱が君に興味を持つとしつこくちょっかいをかけるんじゃないかと心配だったんだ」
「ちょっかい?」
「俺と君のことを根掘り葉掘り聞きそうだったんだ。実際、連行されてから質問攻めだった」
「あの、じゃあ……」
私は勘違いをしていた? 鶴丸先生に親しい女性がいて、それで鶴丸先生のことを好きだと気付いて、必死に気持ちを隠して呼び名まで変えたのに……。とんでもない空回りだった。
「私、鶴丸先生を好きでいてもいいのですか?」
顔はこれ以上ないくらいに真っ赤に染まっていると思う。耳たぶまでもが痛いくらいに熱かったから。
「それは――」
鶴丸先生の声はもつれ、白く陶器の様に滑らかな頬は僅かに赤らんでいた。
「――いいに決まっているだろう。俺も君が好きなんだから」
「えっ」
「でないと、一緒にいて欲しいなんて言える訳ないだろう?」
「よ、よかった……」
緊張がどっと抜けて、私は息を吐いた。
「それが知りたかったんです、私。じゃあ、おやすみなさい鶴丸先生」
鶴丸先生の腕の中から抜け出そうと、身をよじると先生の焦った声が上から降ってきた。
「いや、どうすればそうなるんだ? ここは一緒に寝る所だろう。それとも好きというのは尊敬とか友情の意味でかい?」
「そうじゃないです。私、鶴丸先生のこと好きです! 触られるとドキドキします……」
「じゃあいいよな?」
鶴丸先生の手がするりと私の内股を撫でた。衣服越しでも先生の熱が伝わってくる。指の腹でゆっくりとなぞられ、まだ知らない感覚に声が漏れてしまっていた。
「でも私、男の人とそういうことをしたことがないんです。鶴丸先生を気持ちよくさせてあげられないと思います」
「それじゃあ俺はいつ君を抱けるんだい?」
「私がそういう知識をもう少し勉強してから……」
「俺が教えるのはだめか」
「せ、んせ……どこ触っ……ふっ」
内股を撫でていた指はゆっくりと上に行き、股の間に到達する。ふにふにの下着の中にある肉を確かめるようにいじられ、体が強張る。
鶴丸先生は私の背に腕を回すと、上半身を起こさせ、私は鶴丸先生の胸を背にして座る格好になった。足を閉じたくても、股間に侵入してしまった鶴丸先生の指が私を撫でるせいで腰に力が入らない。それに気のせいかもしれないけれど、お尻に固いものが当たっている。
「鶴丸先生……」
「その先生っていうのも、もう止めないか?」
「どうしてですか」
「なんだか距離を取られているみたいだ」
子供の様な拗ねた声が耳元をくすぐった。
「鶴丸さ……ンっ」
名前を呼ぼうとすると、股の間を強く擦った。体の力が抜けてしまいそうな刺激から逃げたくて後ろに移動したくても鶴丸さんに強く抱きしめられるだけだった。
「国永がいい」
「国永、さん……」
「そっちの方が嬉しいな」
国永さんは私の肩の上から顔を出し、そっとキスをしてくれた。ちゅ、と唇の柔らかさを確かめるような短いキスを二回続けてすると、また股の間に強く触れた。
「ふ、あぁ……」
思わず声が漏れ、その僅かに開いた唇を国永さんは見逃さず、舌を侵入させた。
「んっ……んん」
こんなキスは初めてで、どうやって受け止めればいいのか分からない。私よりも熱い舌は、ぬるりと私の舌と絡めたり、歯の裏や頬裏を舐めていった。もちろんその間も、国永さんは手を休まず動かしていて、上も下も翻弄された私はただぎゅっと国永さんにしがみついていた。
「はっ……あっ……」
私の意思とは関係なく、両足が震えた。体の奥のどこかがきゅうっと締まって切なくなる。
「イッたのかい?」
「何がいったんですか?」
いったってなんだろう、と首を傾げると国永さんは目を丸くした。
「自分でしたこともないのかい?」
「えっと、何をするのか……」
「本当に全部教えた方がよさそうだな」
国永さんは私の手を取ると、さっきまで触っていた部分に触れさせた。ふにっとした感触が中指に当たる。恥ずかしくて触れたことのない場所だったので、すぐに手を引っ込めたいのに国永さんが私の手を掴んだままでできそうになかった。
「自慰はしたことあるのかい? ここをこうやっていじったりとか」
「したことないです」
柔らかかった筈の感触がだんだんくりくりと固くなっていっていく。同時にあの体の奥がきゅうっと締まる感覚がくる。
「あっ、国永さ……はぁっ、止め……てっ」
なおも手の動きは止まらない上に、お尻に当たる国永さんのものはさらに大きく膨らんで固くなっていく。
「はぁっ……ん、も……お……」
背筋に軽い電流が走り、私の体はぐったりと動けなくなった。もう力がなくなった私の手を更に奥へ移動させた。
「さすがに処女だと濡れないか」
国永さんは私の手を離すと、下着の中に指を滑らせた。
「ひゃっ」
恥ずかしくて、すぐに股を閉じるけれどもう意味がない。
何かを探すように国永さんの指がひらひらした肉の中央に移動していく。何度か同じ場所を擦ると、ぬっと体の中に何かが入ってきた。と、思うとすぐに指は離れ、またほんの少しだけ入っていく。それを繰り返せば繰り返すほど、指は深く入っていくみたいだった。
不意に下半身から、くちゅ、と水の音がした。気のせいではなく、その後も、ちゅぷ、くちゃ、となんだか卑猥な音が響いていた。
「中は案外濡れてるんだな」
耳元で微かに笑う声がして、頬がかぁっと熱くなった。
「もう一回気持ちよくなろうな?」
今度は指の出し入れの同時に、くりくりと固くなっていた肉もいじり始めた。下着越しではなく、直に触れられ頭がぼんやりする。ただ触られているだけなのに息が上がった。
「国永さん、これ、おかしくなります……」
「指が二本入るまで我慢してくれ。声が出そうになったら喘いでいいからな」
「喘いでな、……あっ……ふぁっんんっ」
「んー」
国永さんは企むような声をすると、くりくりした場所をぎゅっと潰された。
「ひゃああっ……ふぁっ……あ、あっああっ〜」
とけてしまうほど甘い刺激に大きく体が震えた。体の奥がこれ以上ないくらいに締まって、中に入った国永さんの指をきつく締める。指の感触が生々しいほど下半身に伝わった。
「きっついなぁ……君はこんなに締まるのかい?」
「わ、かんない……」
「中からたくさん蜜が出て滑りもよくなったな、二本なら入りそうだ」
「も、もう、入ら……ない」
これ以上太いものが入ったら、自分を抑えられそうになかった。
「じゃあもう一回するかい?」
「だめ……」
もう一回、それが何のことかすぐに分かり首を降る。
「それなら頑張ろうな。痛くはしないさ」
確かに痛くはない。痛くはないんだけれど。
出し入れしていた指を離すと、その入口の周りをなぞって焦らすように濡らしていく。一度開いた肉の穴に、国永さんの指が欲しくなる。でも二本も入る気がしない。一本だけでも、あんなにきつかったのに。
「こっち向いて見な」
振り返るとすぐそこに国永さんの顔があった。気づいたときにはもう唇が触れ合っていて、唇の感触を味わうように何度も場所を変えてキスをする。軽いキスだけれど何度もされるのは気持ちよくて、自然と肩の力が抜けていく。
二本の指が入口を擦り始めた。びくりと腰が反応して、逃げるように自分からも国永さんにキスをすると、もう片方の手で私の頭を撫でてくれた。嬉しくてもっとキスをする。もちろん恥ずかしいけれど、それ以上にしたくてたまらない。
「はっ……可愛いすぎだろう」
参ったな、と彼が呟く。じっと国永さんを見つめると、彼が耳まで赤くなっていることに気付いた。肌が白いのもあっていっそう赤みが目立つ。
「電気、消すか」
「はい……」
リモコンでピッと電気を消すと、国永さんは私をベッドの上に寝かせた。その上に国永さんが覆いかぶさる。服も下着も全部脱がされて、顔に首に胸に国永さんの唇が吸い付いていく。キスされた場所はちりちりと熱くて、気持ちいい。
キスと同時に、股の間は指がするりと入っていた。一本の時よりも圧迫感のようなものがあって、少し苦しい。
「国永さん、ちょっとだけ……きつい、です」
「悪い、できるだけ優しくしたかったんだが我慢出来なくなりそうだ。君の肌に触れると余裕がなくなってきた」
私よりも苦しそうな顔だった。国永さんは体を密着させると、私の太ももに男性にしかないものが当たてた。そこにいやらしい感じはなくて、まるで助けを求めるようだった。そんな姿を見て、早く彼を楽にしてあげたいと思わないわけがなかった。
「国永さん、私が痛いって言っても止めなくていいです」
「だ、めだ……君を苦しませたくない」
「私だって国永さんを苦しめたくありません。痛いのは最初だけって言いますし……なのでそのかわり、たくさんキスしてもいいですか」
大胆すぎただろうか。引かれていないか心配になる。
「ああ」
ゆっくりと国永さんの顔が近づく。お互いの息が当たる所で、私は目を閉じ、唇が触れ合った。それと一緒に下半身をいじる指がぐっと入って肉を横に押し広げていく。痛みはそれほどなく、ただ異物感がするだけ、だと思う……。
そういう不安はあるけれど、欲しい欲しいと言われるように繰り返しキスをされると私も国永さんに全てをあげたくなる。ずっと好いていた人に求められることが、こんなにも嬉しいことだとは想像したこともなかった。
「ぜ、んぶ……入った……」
荒い息を整えるように国永さんがゆっくりと話した。抜き差しをしてももう痛みはなくて、異物感もそれほどなくなった。骨ばった国永さんの指が肉壁を撫でるように動き、体がぴくんと反応する。
「大丈夫かい?」
「へ、平気です……」
指が一本入った時よりも、意識がとびそうだったなんて言えなかった。こんな調子で私は国永さんをちゃんと受け入れることができるのだろうか。
国永さんはベッドの近くの棚に手を伸ばすと、小さくて四角いビニールに入ったものを取り出した。手が濡れているせいなのか上手く破れなかったみたいで、ビニールの端を歯で噛むとびり、と破いた。中から輪っかみたいなものが出てきて、ぼんやり国永さんの姿を見ていると目が合った。
「ん? どうかしたかい」
「いえ、何でもないです」
初めてゴムを見ました、と言いたくなるのを呑み込んだ。そうか、ゴム、しないといけないんだ、なんて考えてしまう。
「下はたぶん見ない方がいいぜ」
「は、はい」
言われた意味が分かり、私はこくりと頭を縦に振った。国永さんのがどれくらいの大きさなのか私は知らない方がいい。少なくとも、処女を失うまでは。お尻に当たった時、結構すごかったような気がする……。
「今から入れるからな。痛かったら遠慮せずに言ってくれよ」
こくこく、と首を縦に振ると国永さんは苦笑した。
「そんなに固くなるな。案外最初から気持ちがいいかもしれないぜ?」
「それはそれで……恥ずかしいです! んひゃっ」
顔を真っ赤にして国永さんに話していると、股間に固いものが滑り変な声が出てしまう。下の様子は全く見る勇気もないせいで私は不意打ちを受けてしまった。ずるいです、という前に優しく口づけられて文句も言えない。
けれど、入ってくるものは指二本なんて可愛い太さでなかった。
大きい、国永さんの、大きいです。
という泣き言も私は言えないまま、国永さんはゆっくりとしかし確実に私の中に入ってくる。国永さんがたくさん解してくれたおかげで痛くはないけれど、これ以上は……。
「ここ、君の膜だな」
「そうなんですか?」
「ちょっと力入れさせてもらうぜ? たぶん辛いかもしれないから、爪立てたり噛んだり好きにしてくれていいからな」
言うが早いか国永さんは私の腰をしっかりと掴み、ぐっと自分の腰を近づけていた。
「あっま、まっひゃ……ふ、ふえ、あっ、ふぁ、〜〜〜〜っ!」
頭の中が真っ白になって、痛いのか、苦しいのか、それとも気持ちよくなってしまったのかも分からない。とにかく体がぴくぴくと反応して、国永さんが動けば動くほど背筋に電流が走っていく。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです、なんか体がおかしくて……力、入らなくて」
「そうかい? 君のここはすごく締まってるが」
ここ、と言って国永さんが腰を揺らす。
「あっ……はぁ、う。国永さん、も、もうこれ以上動かないでください、お願いです。私、意識がとびそうで……」
だって、私の勘違いでなければ国永さんの存在が下腹部にまで届いている。膜を破ってからはもういっきにそこまで来てしまったみたいで、私の身体は本当に大丈夫なのかハラハラしていた。だというのに国永さんは嬉しそうに笑うだけで困ってしまう。
「それなんだがな、実はもう全部入った」
「……」
「お、驚いたか?」
「はい……」
「その案外、するすると入っん」
「あッ」
それ以上言われると羞恥で涙が出そうで、国永さんの口を塞ごうとするも、繋がっている部分がぐちゅ、と動いたせいで結局、私は自分の口を塞ぐことになった。
「――じゃあ、動くからな」
もう待てない、と国永さんは私の両手をベッドに押し付けると、深く口づけ、細い腰を振り始めたのだった。
途端、私の身体はぞくぞくと震えた。足をばたつかせていやいやするけれど、空振りするばかり。ちゅっぷちゅっぷと深い場所を優しく突かれているだけだというのに、それだけで自分の身体が作り変えられてしまう。この行為を快楽だと感じてしまう身体に。
「はっう、ひゃ、ぁ……う、だ、だめ」
「痛いかい?」
「そう、じゃ……んっ、なくっ……て……」
「気持ちいいのか?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
ぐりぐりと奥に押し付けられて、声が出ない。唇をはくはくと動かし、下手な息の吐き方をする。国永さんの目はもうぎらぎらと光っていて、狼のようだった。その姿を見て、骨の髄まで食べられてしまう、と私の本能が告げた。なんとかこの羞恥を持っていかれないようにしないと。
そう考えた私の忍耐は十分も経てば、ふにゃふにゃになっていた。国永さんはやっと気持ちよくなれたおかげか、余裕が戻ってきて私の身体が一番反応する最奥をぐりぐりぐりぐりと弄んだ。私のそこはもうすっかり熱くじんじんとして、そこをもう一度突いて欲しくて腰を動かさざるを得なかった。それなのに国永さんは私が逃げようとしていると勘違いしたのか私の腰の動きに合わせて自身の腰も動かしてしまう。
この下腹部の熱をどうすれば逃すことができるのだろう。どれだけ腰を動かしても求めているものはこなくて、目尻に涙が溜まった。
「国永さん……どうして、こ、こんな……」
「君がなかなか気持ちよくなれないみたいだから、ずっと奥に当ててるんだ。そうすれば、だんだん気持ちよくなってくるとどこかで知ったんだが……」
「も、もう充分気持ちいいです!」
「そうだったのか?」
どうやら国永さんは本当に私が気持ちよくなっていないと思っていたらしい。とんでもない誤解だった。私は知っていて、焦らしているのだと思っていたのに。う、ううん、それどころか私、国永さんに開発されてる……?
「じゃあ、動いても大丈夫なのか?」
「……激しくしてください」
か細い声で懇願すると、国永さんは愛おしそうに目尻を下げて「ああ」と答えた。
欲しいものが来た瞬間、私はもう、羞恥もなにもかもどうでもよくなっていた。自らも腰を動かして、高い嬌声を上げ、お互いの汗も、唾液も、股から零れる愛液も気にならない。国永さん、国永さんと何度も名前を呼び合って、私はいってもいってもまだ欲しくてたまらなくて国永さんを求めた。国永さんも白濁とした液をゴムの中に吐き出しては、じれったそうにすぐに新しいゴムに付け替えた。
二時間くらいはお互いを激しく貪り合っていたように思う。気づけば、雨は止んでおり、雲の隙間から月の光が差し込んでいた。後処理を終えた後、国永さんは私を抱きしめた。
「だいぶ激しくしてしまったが、身体は痛くなったりしてないか?」
「お腹の下がちょっとだけ、国永さんの感触が残ってるだけで……」
「そういうことをいうと、またしたくなるだろう」
ちゅ、と額にキスを落とされて、自分の言った言葉の恥ずかしさに気付く。
「ごめんなさい」
「俺は君のそういう所が好きでもあるんだ。謝らなくていい。ただ愛おしすぎて、襲いたくなるだけでな」
「私そんなに体力ないです」
「そうだなぁ」
ははは、と国永さんが笑った。
「それにしても君とこういう関係になるとは思わなかった」
「私もです。ピアノを教えて頂いている方に対して恋をするのは迷惑だと思ってました」
「俺も生徒である君に個人的な好意を知られてはいけないと思ってた。なのに君から先生と言われて動揺するんだからな」
「動揺していたんですか?」
「するさ。放っておくと何も分からないまま知らない男についていきそうなくらい心配で頼りなかった君が、俺のことを先生と言い出すし、ピアノは前よりもすごく上達し始めるし……いいことの筈なのに上手く喜べなかった」
「私、乱さんと会ってから国永さんのこと好きだって気づいてしまって、絶対に気付かれたくなくて先生って呼ぶことにしたんです」
「おかげで俺も君のことが好きなのだと気付けたよ。危うくずっと君の保護者気分でいる所だった」
「そ、そんな……」
国永さんにそんな風に思われるほど、私はふらふらした人間に見えるらしいが、私自身、強く否定できそうにない。住所の先が一体どういう場所なのかよく教えてもらわずに、国永さんの家に来てしまったり、風邪をひいてレッスンに来れないことを連絡したはいいものの、電話中に意識を失ってしまったこともあったのだから。思い返せば、私は至らない点ばかりだ。
「これからもっとしっかりした人間にならないといけませんね」
「あんまり立派になられると、こっちが寂しくなるがな」
「も、もう……!」
ぺちぺちと、国永さんの胸を叩くと楽しそうに笑う。
その後もとりとめのない話をして、私がうとうとし始めると国永さんは笑って「おやすみ」の挨拶をした。