朝日が窓から差し込む中、目を覚ますと目の前は肌色一色だった。服を着ている時はただ細いだけかと思いきや、国永さんは思ったよりしっかりと筋肉がついていた。昨晩は暗いのもあったけれど、それどころではなくて全く意識できなかったので、朝からドキドキしてしまう。
ずっとこうしていたいけれど、国永さんが目を覚ますまでに服を着たい。明るい中、裸を見られたくなかった。
そろりそろりと、国永さんの腕をどかそうと掴む。しかし、寝ている人間とは思えないくらい微動だにしなかった。このままでは抱きしめられたままだ。よいしょよいしょと押し返そうとしていると頭上から笑い声が聞こえた。
「起きていたんですか?」
「せっかくなら君ともう少し抱き合っていたいと思ってな」
ぎゅう、と更に抱きしめる腕に力を入れられた。昨晩の情緒を思い出し、自身の下半身を意識してしまう。さすがに朝は、しない、と思うのに朝の国永さんの声は私をいいようにした時のようにとろんと甘い声をしていて、自分の身がこれからどうなってしまうのか本当に分からない。
するり、と国永さんの指が私の背筋を撫でる。元凶である国永さんにしがみついてしまうのは、仕方のないことだった。私は国永さんの指なら、身体のどんな場所を触れられても身体が勝手に悦んでしまうのだから。それをもう国永さんも分かっている。だから、こんな……。
「だ、だめです。国永さん、朝……です」
「朝はしたらだめなんて決まりはないだろう。それに今日は日曜日だ」
「それでもだめです、ご飯、食べましょうよ……!」
私と国永さんが話をしていると、スマホの着信音がした。国永さんは名残惜しそうに私から腕を話すと、机の上にあるスマホを取りにベッドから出た。その姿は当然裸なので、私は国永さんを見ないように自分を服を探す。
「こんな時間に何の用かい、君は」
不機嫌そうな声で電話に答えた。相手は国永さんの友人だろうか。ベッドの下に落ちている服をそうっと拾い、身につける。全て着替え終えると、国永さんもちょうど話が終わったらしい。
「邪魔が入った……」
とても残念そうに呟いた。
「朝食を食べたら、鶯丸の所に一緒に行かないか。もう紹介がいらないことを伝えないとな」
「ずっと教えてくれるんですか」
「当たり前だ」
鶯丸さんのおかげで、私は朝もすることはなくなったらしい。もし朝からすることになれば、私はもう今日一日動くことができなかったと思う。
落ちた服を拾って着る国永さんの背中を見ていると、申し訳なさが積もるけれど。
私は本来寝る筈だった部屋に戻り、昨日着た服に着替えてから、台所へ向かった。朝食は既にできていて、食パンとサラダが並べられていた。「簡単なものですまない」と国永さんが謝るけれど、謝らないといけないのは私の方だった。朝ご飯も私は用意できなかったのだ。食器洗いは何が何でも私が洗った。これくらいさせて貰えないと、本当に国永さんが私の保護者みたいになってしまう。
そんなこともあったけれど、私と国永さんは無事に鶯丸さんがいる鶯ピアノ教室まで辿りつくことができた。鶯丸さんは私と国永さんを見ると「ああ、来たのか」と平坦な声で言った。
「それで君の用事はなんだい」
「そろそろここで働かないか?」
国永さんが困惑した顔で黙っていると鶯丸さんは続けて話し始めた。
「返事はすぐじゃなくていい。とりあえず、おめでとうと言っておこうか」
「何のことだ?」
鶯丸さんは私の方にも視線を移して祝ってくれたけれど、私にもどういう意味なのか分からない。そのことが伝わったのか、鶯丸さんは自分の首の横側に人差し指を当てた。指した場所を見ようにも、鏡がなければ分からない。触れてみても、何もおかしな感触はない。
「わかったもういい、ありがとう!」
国永さんだけがどういう意味なのか分かったらしく、顔を真っ赤にして叫んだ。一体、何を察したのだろう。
「そういう訳だから、これからも彼女にピアノを教える。俺はそれを伝えに来た」
「そうか、よかった。乱にも連絡しないといけないな」
「……勝手にしてくれ」
はぁ、と国永さんは大きくため息をすると私の手を握り「帰ろう」と歩き出した。用事はこれだけで終わりなのだろうか。鶯丸さんにそっと会釈をして鶯丸教室を出た。
外に出て空を見上げると雲はほとんどなく、お日様が気持ちいい。アスファルトには昨晩の雨水が残っていて、私達が歩く歩道にも水たまりがあった。
「これからどうするんですか」
「君の家に送る」
「そうですよね……」
「そんな顔をしないでくれ。俺にもちょっと考えがあってな……君さえよければ、一緒に暮らさないか」
国永さんの突然の言葉に驚いたけれど、返事は決まっていた。改めて聞かれたその問いが嬉しくて頬が緩む。
「はい……!」
私の答えに、ひまわりの花のようにぱあっと満面の笑みを向ける。いつもどこかに暗い影が潜むような笑みだったけれど、今は違う。迷いでも晴れたみたいだった。
「こういうのは照れるな。ずっと一緒にいて欲しいとしか言っていなかったから、君がどう捉えているのか分からなかった。だからちゃんと気持ちを知りたかったんだ。そうと決まれば早く君を家に送って、君を迎える用意をしないとな!」
「それなら私も手伝います」
「それは駄目だ、とくに今日は」
「どうしてですか?」
やっぱり私はあまりお役に立てないのだろうか。
「君がいると俺が準備どころではなくなる……」
「私、荷物運びとかお掃除とか全然できますよ!」
「そういう意味じゃないんだ。俺が、君に手を出してしまうというか……我慢できずに昼間だろうとしてしまうというか……」
少しずつ声が小さくなっていく国永さんに対し、私は顔が赤くなっていく。そういえば今朝も国永さんは隙あらばいいことをしようとしていた。
「それにな、昨日たくさん無理をさせたから今日は休んでほしいんだ。朝からしようとした俺が言うのもなんだが」
「いえ……そうですね、ちょっと寂しいですけど帰りますね」
国永さんと繋いでいる手に力を込めると、国永さんも握り返してくれた。
「待っていてくれ」
□
一か月後、私と国永さんは同棲を始めた。それと同時に、国永さんは鶯ピアノ教室で働き始めた。小さな子供にピアノを教えている。私に教える時とは様子が違っていて、はきはきと楽しそうに子供に教える姿は少年のようにも、お父さんのようにも見えた。そういう所を見て、また一人でドキドキしてしまう。
私はといえば、住む場所が変わったくらいでこれといって大きな変化はない。国永さんは車を買ったので、会社への送り迎えをしてもらっているだけ……。一人で行きたかったけれど、少しでも君と一緒にいたいと言われて押し負けたのだ。
それから日々はあっという間に過ぎて行った。
朝は国永さんと一緒のベッドで起きた。国永さんは少し朝に弱いところがあってたまに寝ぼけて甘えてくるのが可愛いかった。
休日は家から更に上に登って見晴らしのいい場所でピクニックをすることもあった。海に行ったこともあるし、遊園地や普通のショッピングをしたこともある。
夜は次の日も働く時はただ抱きしめて眠るだけで、そうでない日はいつも国永さんと肌を合わせている――のだけれど、ベッドの上でも国永さんは先生をしていた。どうにも私は性的な知識がなくて、国永さんがして欲しいことや私の身体が欲しているものを察することができないのだ。キスマークの付け方から自慰の仕方、国永さんを口に含んで気持ちよくするやり方まで教えて貰っていた。本当に、こんなこと他の男女もしているのだろうかと疑問に思うけれど、国永さんの言った通りにすると国永さんが気持ちよさそうにして頭を撫でてくれるから、結局最後までしてしまう。次の日の朝の羞恥はとんでもないものだけれど。
そんな穏やかな日々を過ごし、気づけば出会って一年を過ぎていた。
「国永さん……?」
夜遅くに、家を出てぼんやりと遠くを眺める国永さんに声をかけた。冬も近くなってきて、夜は肌寒くなってきた。パジャマ姿では、風邪をひいてしまう。
「ん?」
「寒くないんですか」
「ちょっと寒いかもな。そうだ、君もこっちに来て見るかい?」
「何を見るんですか」
国永さんの隣まで行くと、彼は私の肩を抱いた。
「やっぱり君は温かいなぁ」
「国永さん身体が冷たくなってしますよ」
「家に戻ったら君がたくさん温めてくれるんだろう?」
耳元で楽しそうに囁かれた。今夜も互いを温め合うのかと思うと、頬が熱くなる。もう何度もしていることなのに私は未だに慣れていない。
「それで、どうしてここにいたんですか」
「ちょっと海でも見ようと思ったのさ」
国永さんは前を向いた。その横顔はとても美しかった。瞳は星屑を散りばめたようにキラキラと光り、白い髪は夜風にふわりと揺れ、透き通る様な白い肌は群青の空の下だと一層映えた。彼の目線を辿って、私も前を見る。
高い場所にあるこの場所は森で囲まれており、街灯もない。けれど、家の前に広がるのは森ではなく海だった。国永さんはその海を見ている。満月の光に照らされた深い藍はとても静かだった。
「ここから見る海を見ていると落ち着くんだ」
「何かあったんですか?」
「いざ言おうと思うと緊張してしまうんだ。駄目だな、俺は」
「国永……さん?」
「君に聞いて欲しいことがあるんだ」
私をじっと見つめる国永さんはいつになく真摯な顔つきだった。胸に手を当てて、少し苦しそうに息を吐く。
「俺は君が好きだ。愛している、だからこれからもずっと一緒にいて欲しい。結婚してほしいんだ。君と子供をつくって暮らしたい」
国永さんが口を閉じると辺りは静かになった。
「――駄目か?」
不安げな顔で顔を覗き込まれた。私は首を横に振るけれど、声が出ない。言われた言葉を頭の中で反芻して、ゆっくりと噛みしめて、泣きそうになった。
「私で、いいんですか?」
「君がいい。君じゃないと嫌だ」
「……私も国永さんがいいです。でも私、色々頼りないし、いつも国永さんに迷わ――ん、んんっ」
俯いた私の顔を無理矢理上げられ、唇の隙間から舌が入ってきた。じゅう、と舌を吸われ腰が抜ける。そして強く抱きしめられ唇が離れると、私は国永さんの胸に頭を預けた。
「俺は君のどんな所も全部愛おしい」
更にぎゅう、と強く抱きしめ、甘い言葉が耳元でくすぐるように囁かれた。
「返事は?」
「結婚したい、です」
「そうか。それじゃあこの続きはベッドの上でしようか」
「……っ!?」
「ああそうだ、子供はどうする? 君がよければ今日からつくるかい? ……おっと、耳まで赤くなってしまったな」
「国永さんはずるいです……」
「俺は君もずるいと思うけどな。する前は恥ずかしそうにして俺の顔も見てくれないのに、始めたら積極的なんだ」
「あれは……国永さんがして欲しいって言うから」
「頼まなかったら君は自分から動かないんだな? さっそく試してみるか。ほら、家に入ろう」
「はい……」
国永さんに連れられて、私は家の中に入る。その後十分もしない内に、私は国永さんに美味しく頂かれてしまった。普段もかなり激しいと思うのだけれど、その日はいつも以上に激しくて、それでも私は最後まで国永さんを受け入れた。
朝、起きると私の身体は赤い斑点が生々しいくらいにたくさんできている。隣にいる国永さんは眠っているのに、微笑んでいた。
――ふと、指に違和感を感じて手のひらを見る。
薬指には指輪がはめられていた。海を静かに照らす、光のような石。
「国永さんありがとうございます」
柔らかい子供のような白髪を撫でると、不意にその手を取られ、私は再び布団の中に潜ったのだった。
【指先から調教・完結】