第三章
 所変わって審神者の本丸。出陣から帰った刀剣男士を迎えたのはメモ書き一枚であった。

『食べ物がないので、政府に物資をもらいにいきます。怒らないで。審神者』

 こういうことは、別段珍しいことでもない。今まで数回されたことがある。食糧が尽きていたのなら仕方ない。しかし、今現世では通り魔事件があるというのに審神者は何をしているのか。

「大将……」

 最初にメモ書きを見つけた薬研はこめかみを抑えて呟いた。いや、まあ期待はしていなかったけどな、と心の中で呟く。

「あー……主さん出て行っちゃったんですね」

 そのメモを覗き見た堀川も「またか」とでも言いそうな顔だ。

「俺っちが帰るまで、待てばいいだろうに」

 この本丸の主はどうにも自由人だ。猫みたいにふらっと本丸を出ると、帰った時には服をぼろぼろにしていたこともある。……と、まあそう思っていたのだが彼女はただ単に人に頼るということができないのだ。数少ない可愛い所である。その結果、余計、周りに迷惑をかけることになるのだが。

 薬研は通信機を使って審神者と連絡を取ろうとするが、審神者は出てこない。買い物に夢中で気づいていないのだろう。よくあることだ。

「主、また出かけたの? じゃあ迎えに行こうかなー」

「そう言って、そのまま主とショッピングするんだろ? 俺も行くぜ。俺用のリンスーが切れそうなんだ」

 加州と和泉守の会話を聞き、薬研と堀川は疲れた顔をした。これは全員で迎えに行くべきだろうか。

「すみませーん」

 玄関の方から前田の声がして、四人は玄関へ移動する。そこには米と魚、野菜に酒が届いていた。

「なんだ……これ?」

「政府から物資が届いたようです。なかなか多いので、手分けして運びましょう」

「う、うん……で、主は?」

「主? なんのことですか。こちらにはいませんが」

 前田の言葉で、その場の空気が固まった。

「どうかされたのですか」

 書置きを見ていない前田は何か悪いことをしただろうか、と自信なさげに首をかしげた。「ほら、こいつだ」と薬研が前田に紙切れを見せる。

「あ、あー……」

 そういうことでしたか、またですか、と冷ややかな瞳の色に変化する。

「まあ、その内帰るんじゃないですかね」

「俺っちもそう思うんだが……」

 薬研はちらり、と加州と和泉守の方を向く。それだけで前田は察したのか「あぁ……」と声を漏らし頷いた。

「わかりました、僕が留守番するので皆さんは主様を探しに行っておいてください」

「助かります」

「いつも悪いな」

 そうと決まれば、荷物を本丸に運ぶだけである。さくさくと五人で荷物を片付けると、前田を残し、四人は政府へと向かった。





 政府の中はまだ一月三日のせいか、人が少なかった。それなのに、時々怒声が聞こえたりなど、今が大変な時期なのだと刀剣男士でも分かる。声をかけづらいが、それではこちらの時間の無駄だ。薬研は一人で適当な職員を捕まえ、話しかけた。

「すまない、今日物資を受け取りに来た審神者はいなかったか。俺っちの大将なんだが」

 本丸の住所を告げると、職員は「あぁ!」と少し明るい顔をした。

「その方なら、来ましたよ。ただ、入れ違いで物資の配送をしてしまって……それで帰るついでで運べていない本丸の物資を送ってくださったんです」

「それで、その本丸は」

「待ってくださいね……はい、ここです」

 職員はさらさらと住所を書くと、薬研に渡した。

「あの、もしかして何かあったんですか……? もしかして、まだそちらの本丸には帰ってきていないんですか」

「ああ、そうなんだ。もし俺っちの主がここに来るのを見かけたら、本丸の方に連絡してくれないか。忙しいとは思うんだが」

「いえ、頼んだのはこちらですから。見かけたら本丸に連絡を入れておきますね」

「ありがとう」

 薬研はさっと踵を返すと、和泉守と加州のお守りをしている堀川の所まで早足で歩いた。

「大将の居場所、分かったぜ」

「よかった、一応政府には来ていたんですね」

「それで、どこにいるんだ?」

「早く主探して、ショッピングしたいんだけど」

 住所は本丸にあまり遠くない距離だ。これならもう本丸に帰っていてもおかしくはない。しかし、まだ前田から連絡は来ていない。

「とにかくここに行って見るか。もしかすると、大将が長居してるかもしれねぇからな」

 メモに書かれた本丸へ行くのにそれほど時間はかからなかった。審神者達の本丸に比べると、その本丸の土地は広かった。入るには長い階段があり、まるで神社のようだ。

「なにここ、霊脈の真上じゃん」

 その本丸の下には大きな霊脈があった。普通、こんな場所に本丸は建てない。大きな霊脈なら自然保護、もしくは神社や寺があるべきだろう。

 不思議に思いつつ、四人は階段を上った。これといって、おかしな所は何もない。用でい限り上ろうとも思えない大きな階段を上りきると、鳥居を潜ろうとする。

「いっ」

 初めに鳥居を潜ろうとした薬研の指がビリビリと痺れ、弾かれる。

「なんだ……これ」

 目の前をよく見ると、結界が張られている。いや、そんな筈はないだろうともう一度薬研は鳥居を潜ろうとするがやはり弾かれる。

 その様子を見ていた堀川も結界に触れる。

「すごい、こんなのあるんですね……」

「関心してる場合か。この中に大将がいるかもしれねぇんだぞ」

「そうですね」

「こんなもん、斬っちまえばいいんじゃねぇのか?」

「ちょっと、兼さん!」

 堀川の制止も聞かずに、和泉守は刀を抜いて結界に大きく斬りつけた。結界と刀のからビリビリと火花が生まれる。片手で刀を持っていた和泉守は、両手に持ち替えた。

「くっそ……! こんにゃろ!」

 体を前に倒し、強い力で斬ろうとするが赤い火花が散るだけだ。

「兼さん、ここは霊脈の上だよ。僕たちがどうにかできるような結界じゃないと思う。中にいる人に声をかけて開けてもらうか、他の――あ」

 庭に女性がいることを気づいた堀川は、そちらを見る。和泉守も気づいて、刀を鞘に納めた。

「すみませーん! あの、聞きたいことがあるんですが!」

 声をかけられた女性は鳥居の方を見ると、一瞬を驚いた顔をして鳥居とは反対側の方へ走り去ってしまう。

「待ってください! 聞きたいことが!」

「おい待て! ……いでっ」

 逃げる女性を追いかけようと思わず和泉守は走るが、結界にぶつかった。

 女性の姿は完全に見えなくなり、四人は顔を見合わせた。

「ちょっと、ここおかしいんじゃない? なんかもう嫌な予感しかしないんだけど」

「俺っちもそう思うぜ」

 加州の言葉に薬研が同意する。

「つっても、ここに主がいる可能性が高いんじゃねぇのか」

「そんなのわかってるってば!」

「まぁまぁ、二人とも喧嘩は……」

 和泉守と加州の雰囲気が悪くならないように堀川が間に入る。その様子を見て、薬研はふむ、と手で顎に触れて考えた。

「どうにかこの結界を通らずに入る方法があれば……あ、和泉守の旦那。ちょっと刀に戻ってみちゃくれねぇか」

「ん? あ、あぁでもどうするんだ?」

 和泉守は疑問に思いつつも、案があるのならと刀の姿に戻る。和泉守の姿が完全に刀になった所で薬研は刀を持ち、数歩後ろに下がる。

「旦那の方がほどほどに重いから、よく跳びそうだ……!」

 そして、ぶん、と大きく腕を振って和泉守を投げた。

「お、おい待てなに……――」

 高く、高く跳んでいく。さすがは短刀といったところだろうか。刀投げもお手の物だ。見えなくなるほど上空まで跳んだ和泉守は、しばらく空を彷徨うと次第に速度を上げて落ちていく。落下予定地は本丸の真ん中。地上に残された三人ははらはらしながら和泉守の姿を目で追っていく。

「……ぅあああああああああああああああああ」

 絶叫する和泉守は果たして――結界に当たり、弾き飛ばされた。

「あー……やっぱりだめか。中心なら結界も薄いかと思ったんだが」

 投げた本人は淡々と考察を始める。

「だが刀の姿に戻らせて投げるっていうのは使えるな。移動が楽だ」

 薬研の言葉に、加州はぽつりと呟いた。

「俺は遠慮する……」





 和泉守が帰ってくるまで、ここで情報収集をしようと薬研が提案して二人は頷く。

 まず、政府と連絡をとり、結界の張られた本丸について調べてもらう。人手が少ない為、少し遅くなるかもしれないという話だが調べる手段のない薬研達にはありがたいことだ。

 そして本丸で留守番をしている前田にも現状を説明した。

 今できることは全てやった、と薬研達が険しい顔をしていると怒声が徐々に近づいてくる。

「やぁああああげぇえええん、よくもやってくれたなぁ!」

 走って来たのだろう。和泉守は息を切らせて姿を現した。目が据わっている。

「お、帰って来たな。さすが鬼の副長の太刀だな。ご苦労さん」

「鬼はてめぇだろうが!」

「あーもう兼さん、髪に葉っぱがついてるよ!」

 堀川は和泉守の傍に寄ると、髪に絡まった枯葉を一枚一枚丁寧に取り始めた。

 和泉守は薬研を睨み続けるのを止め、今はそれどころではないと不機嫌そうな声音で問う。

「それで、俺がここに来るまでに何か進展あったか?」

「とりあえず政府と前田に連絡しただけだ。今は政府からの情報待ちだ。それで、そっちは?」

「鬼みたいな短刀に投げられて本丸の外を半周。特に変わった所はな――いや、待てよ? ないとも言い切れねぇな。ちょっと林みたいな所があったんだが、泥濘があって足跡が不自然なくらいにたくさんあったな。気のせいかもしれねぇけど」

「すごいね、兼さん! 全力で走りながらもちゃんと見ているなんて……!」

「へっ……これくらいで褒めるんじゃねぇ。俺がただでやられるたまか。おい、こっちだ、着いてこい。連絡待つだけなんだろ」

 和泉守はほんの少し顔を赤らめると、隠すように先に歩いて行った。その後ろを堀川も着いていく。

「あのさぁ……」

「ん、なんだ加州の旦那」

「和泉守って、ちょろいよね」

「それが和泉守の旦那のいいところ、だろ」

「まーね、あれくらい隙があった方がいいかな」

「だな」

 加州と薬研は顔を見合わせてこっそりと笑う。

「置いてくぞ、早く来い」

 和泉守の声に返事をすると、二人は走って追いかけた。