青春の痴漢電車
 鶴丸国永は高校生になった。自転車通学が電車での通学となり、電車に乗った経験があまりない鶴丸はこれを喜んだ。なんとなく、面白そうだと思ったのだ。図書館で読んだ青春物の物語では、電車の中で出会いのきっかけがあったりしたものだ。自分にもそれが起こったりするのではないかと鶴丸は考えた。『恋』という感情に興味があったのだ。

 ――と、そんな憧れを抱いている鶴丸だが彼は美少年である。白銀の髪は猫っ毛で、肌は陶器のように滑らか。蜂蜜色の瞳は透明感があり、宝石のようだった。鼻は小さめだが筋が通っており、また、彼の顔が小顔でもあった為、中性的な顔立ちとなり、女も男も虜にした。しかし、鶴丸に恋人はいない。彼曰く、告白をされてもいまいちピンと来ないのだという。付き合ってから答えを出せばいいではないかという友人の声に否と返すのは、彼の誠実さ故だろう。

 さて、とにかく鶴丸は出会いという物を求めており、新しい環境、慣れない電車通学に心躍らせていた。電車の窓から見える青い海に、これならきっと楽しい青春が送れるだろう、と確信する。根拠はない。なんだかそんな気がするのである。期待に胸を膨らませる鶴丸であったが、異変は下半身から起こった。


 ふわり、と股間を何かで覆われる。最初、鶴丸は何かかばんでも当たったのだろうと思った。しかし、鶴丸の目の前には誰もいない。恐る恐る下を向けば、隣に立っている人間が股間に触れていたのだ。

 ……一体これはどういうことだ。

 痴漢は女だけの問題だと思っていた鶴丸は、頭が真っ白になった。まさか登校初日で痴漢されるとは想像もしていなかったのだ。

 こういう時は大声を出して痴漢されたと言うしかない。それは分かるが、鶴丸は男だ。誰が信じてくれるというのか。さすがの鶴丸も男である自分が襲われるほど、自分の容姿が整っているとは思っていない。恥をかくのは自分であるし、これから毎日この電車を使うのだから、声を上げれば顔を覚えられてしまう。

 どうするか悩んでいれば、後三分で目的地に着くことに気付く。痴漢の手はただ鶴丸の股間を撫でるだけなので、周りに知らせるのを諦め、身じろぎをしながら耐えた。



 しかし、次の日も鶴丸は痴漢の被害に遭った。

 自分が電車の中で立っている場所が悪いのだろうか。だが鶴丸が電車に入る頃には出入り口付近しか空きがない。体がべたべたと当たることを不快に思う彼はわざわざ人混みの中に飛び込もうとは思わなかった。

 今日は電車に入った時、その付近に男がいただろうか。ふと、鶴丸は自分に触れる人間が一体何者なのか気になった。前日はそこまで頭が回らなかったが、誰が自分を触っているのか分かれば、今度からその人物がいない場所に移動すればいい。

 意を決し、左隣を見る。

 しかし男の姿は見えなかった。隣にいるのは自分の肩くらいの背丈の女子だ。いやまさか、と鶴丸は自分の目を疑った。そんな筈はない。こんな女子が自分を触っているなどと、ある筈がない。確かめる為に、こんどはじっと彼女を見つめた。彼女の髪は鶴丸とは反対に黒く艶があり、前髪は眉の辺りでばっさりと切られ、後ろ髪は肩に触れるか触れないかの長さだ。黒い真珠のような瞳に、鼻は鶴丸と同じで小さく、小さな唇はつんと曲がっている。表情はなく、今隣の男を痴漢しているようにはとても思えない。だが、彼女のセーラー服から伸びるほっそりとした白い腕は鶴丸の股間に伸ばされていた。……それも、鶴丸と同じ学校の制服である。

 やはり鶴丸はもうどうすればいいのか分からず、今日も十分近く股間を好きにさせてしまった。

 目的の駅に着くと、彼女は鶴丸よりも先にホームへ出て女子とは思えないほど早足で学校に向かっていってしまった。なんとか彼女に止めさせなければ、鶴丸はこれから毎日股間を触られ続けることになる。困ったなぁ、としか思えないのは同じ学校の生徒ならば大丈夫だろうと思ってしまったからだろうか。それとも、彼女に触られることにそれほど不快感がなかったからだろうか。

 ともあれ、もし次に触られることがあればやんわりと断ろうと鶴丸は考える。

 しかしそう簡単に上手くいく問題ではなかった。

 次の日も触られてしまったのだ。電車に入った時、近くに昨日触った女子はいなかった。恐る恐る左側を見れば、平然とした顔で彼女は立っている。普段通りの顔で、鶴丸の股間を触っていた。鶴丸は止めてくれと言いたかったが、今日はそんな余裕がない。いつもと触り方が違うのだ。昨日までは股間の表面を撫でる程度だったが、今日はそうではなく、亀頭の形をただひたすらなぞっている。

「……っ」

 手で顔を覆い、もじもじと足を動かす。しかし伸ばされた手は無遠慮に鶴丸の股間を触り続けた。このままでは勃ってしまう。もう困ったなぁなどと悠長に構えることができるような状況ではない。

「……ゃめてくれないか」

 掠れた声で鶴丸は言う。心底からの願いだった。
 しかし、女子はこちらをちらりとも見ずに触り続ける。

「嫌」

 小さな口が僅かに動いた。凛とした声だった。

 鶴丸は目を見開く。まず初めに喋ったと思い、そして次に言葉の意味を理解して軽く絶望した。嫌だと言ったのだ。

 それでは困る。鶴丸のそれはもう半分勃っているし、これ以上は恥ずかしくて登校もできない。彼女の手を掴むが、思った以上に力が強くて驚いた。それでもなんとか股間から離れさせることができたが、手を離せばまたすぐに飛びつくように股間を触られる。

 もう鶴丸は顔が赤くなり、涙目であった。

 そうしてやっと目的の駅に着き、鶴丸は足早に電車を出てすぐにトイレへ駆け込んだ。もちろん個室である。

 出すものを出してトイレから出た鶴丸はとぼとぼと学校まで歩く。彼にとって屈辱的な自慰だった。



 そしてやはり次の日も鶴丸は痴漢される。ところが股間に触れた手は、ぴたりと止まった。

 驚いているな、と鶴丸は得意げに半笑いする。

 鶴丸は今日、痴漢対策をしていた。そう簡単に好き勝手に触られてたまるか。パンツの中にエアーパッキンを入れ、彼女の手と股間の間の距離を長くしたのだ。言ってだめなら股間の防御力を高くするしかない。さあ、この股間型エアーパッキンを存分に撫でればいい。それでも興奮すればの話だがな!

 鶴丸は悪戯っ子が悪戯を成功した時のように喜んだ。この為に新品のエアーパッキンを少ないお小遣いで買った彼の努力も報われるだろう。

「へっ!?」

 しかし無情にもエアーパッキンは難なく超えられてしまう。ズボンもパンツも飛び越え、その手は直に鶴丸を触り始めたのだ。

 そうなってしまえばもう鶴丸はどうすることもできない。エアーパッキンのせいでパンツの中はきつきつで、鶴丸の股間と女の子の手は狭い“密パン”の中では押し合いと擦り合いが行われてしまう。

 こんな悪戯をする子はお仕置きだと言わんばかりに、女の子の手は鶴丸を追い詰める。なんと、ごしごしと根元から亀頭まで握って擦り始めたのだ。

「はっ……」

 止めてくれ、頼む。

 鶴丸は手で口元覆い、頭を下げた。こんな顔を人に見られたくない。しかし、下を見ればごそごそとパンツの中を漁る手が嫌でも視界に入る。目を瞑って、与えられる快楽にじっと耐えていると絶頂はすぐに近づいた。はっとなり、彼女の手を掴むがイく寸前の鶴丸に力はそれほど残されておらず、イッた顔を覆いもせずに電車の窓に映してしまった。

 はあ、はあ、と浅く息を吐いて鶴丸は女の子を見る。彼女は平然と鶴丸の精子を受け止めていた。なんとも涼しい顔でその精子を鶴丸に塗り付け、滑りのよくなったそれを再び擦り始める。そんなことをされれば、出したばかりだというのに、鶴丸は芯を持ち、また快楽で頭がぼんやりしてしまう。二度目の絶頂の寸前、手はするりと離された。どうして、まだ俺はイッてないじゃないか。恨むように彼女を見れば、電車から出てしまう。目的の駅に着いていたのだ。

 鶴丸はもう我慢がならなかった。女子を追いかけ、腕を掴む。女子はさほども驚いた表情を見せなかった。

「きみ、もうこういうことは止めてくれないか!」
「じゃあ、美術室に来て」
「は?」
「来てくれたら止める。後それ、なんとかした方がいいよ」

 ぱんぱんに膨らんだ股間を指され、意味が分かった鶴丸はすぐに彼女から手を放し、鞄で股間を隠した。

 その格好のつかない姿に、彼女は微笑して「それじゃあ」と颯爽と歩いて行った。

 鶴丸はこれ以上追いかけることはできなかった。トイレに行き、ズボンをずらせば惨事を目の当たりにして悲しくなる。少ないお小遣いで買ったエアーパッキンは白濁した液体に汚されてしまっていた。パンツにも僅かだが染みついる。ここでエアーパッキンを捨てることはできないだろう。トイレットペーパーで拭いてから持ってきていたビニール袋にそれを詰め込んだ。後はもう、この膨らんだ股間を鎮めるだけである。

 トイレから出た鶴丸は大きな溜息を吐いた。

「俺のお小遣い……」

 まだ、貰ったばかりなのになぁ。

 お札一枚を無駄にした鶴丸は学校へ着いてから、美術室を覗くことにした。さすがに朝は開いていないだろうと思ったが、場所を確認するつもりで行ってみたのだ。すると、鍵はかかっておらず扉は簡単に開いた。その部屋の中には、今朝隣にいた女子がスケッチブックに何やら描いている。鶴丸が来た事に気付くと、彼女は表情を変えずに「閉めて」と一言だけ。有無を言わさない言い方に鶴丸は従ってしまう。

「来てくれたんだ」
「それで本当に止めてくれるんだろうな」
「ええ、あなたが性器を見せてくれるなら」
「きみは何を言ってるんだ……」
「描きたいの、あなたの性器を」

 困惑した表情で、鶴丸は女子を見る。

「それが心残りなの」
「心残り?」
「私ね、幽霊なの」

 黒い瞳がじっと鶴丸を見つめる。

「嘘だろう……」

 幽霊というわりには、彼女は鶴丸に触れるし、また鶴丸も女子に触れることができた。足だってちゃんとあるし、歩くこともできる。今まで幽霊に会ったことはないが、こんなに存在感のある幽霊がいる筈ない。

「嘘じゃないよ。私はね、電車通る直前に足が滑ってひかれたの。その日も、朝に美術室に行って絵を描くはずだった。人の体を描くのが好きで、その日からは男性の性器を描いてみようって思っていた。その部分だけだったの、私が描いたことなかったのは。でも、幽霊になって描こうにも、図書室に性器の写真なんてどこにもなかった。ネットで調べようにも私の家にはネットが繋がっていないし、学校のパソコンはそういう物を見せてくれないから。そんな時に、あなたが電車の中にいた。あなたみたいな綺麗な人の股間を描きたいってすぐに思った。もうその時は夢中で、考えなしに触れたけど幽霊でも触れるのね。それにあなたに私の姿が見えるとは思わなかった。他の人には私の姿なんて見えなかったのに」
「触った所で描けないだろう」
「でも、電車の中で見せてもらうわけには行かないでしょう。あなたが変態扱いされちゃう。だから私はあなたの股間の形を手で触れて覚え、すぐに学校に行って朝から描いてた。……ねえ、だからお願い。もう死んだ人間なんだから見せたっていいでしょう? 人助けだと思って」
「そうは言われてなぁ……」

 幽霊だからと言って、見せることには抵抗があった。

「じゃないと私これからも毎日触らせて貰うから。いいの? 幽霊に触られても。私はそういうつもりないけど、生命力とか無意識に吸い取ってしまっているかもしれないよ?」
「は、はあ!? やめてくれ!」
「だからもうさっさと見せてくれない? あなたの股間描いたら成仏するから」
「……分かった、そうすればもう痴漢しないんだな?」
「うん」

 鶴丸はズボンとパンツを股間が見える程度に脱いで椅子に座る。女子はその迎いに椅子を持ってきて座った。それからは沈黙が続いた。彼女は何度も鶴丸の股間を見ながら、真剣に絵を描いている。

 鶴丸はすることがないし、じっとしなくてはならないので美術室の絵を見たり、窓の外を眺めたりするがすぐに飽きて、自然と目の前の女子に視線が行ってしまう。彼女の姿は何年生なのだろうか。自分と同い年なのだろうか、それとも年上か。生きていれば何歳になるのか等々興味が尽きない。鶴丸は好奇心旺盛な性格だ。股間が描き終れば、質問してみようと考える。

「ねえちょっと」

 沈黙の中、初めて声を発したのは女子の方だった。

「どうした?」
「たたないでくれる」
「座ってるぜ?」
「いやそうじゃなくて……」

 鶴丸は彼女の視線に気づいて、下を見る。鶴丸は座っているが、鶴丸の鶴丸は勃っていた。

「ち、違うぞ! 興奮してない!」
「勃たれると、私もう一度描きなおさないといけないんだけど。位置もずれるし」
「本当にそういうつもりじゃなくてな!」
「なんだーそこに誰かいるのか? おい、お前らー朝礼始ま……何をやってるんだ、鶴丸、染井。後で職員室に来なさい」
「え」
「はーい」
「全く……お前らのそういう趣味に口を出したくないが、とりあえず学校でするのは止めなさい」
「や、待ってくれ……」
「待つから早くズボンをはきなさい」

 鶴丸は立ち上がり、すぐにズボンを引き上げた。

「先生は見えているのか?」
「何だ?」
「その、彼女が!」
「当たり前だろう、こんな存在感の塊みたいな問題児、嫌でも目に入る。お前はまた後輩に変なことを吹き込んだのか」

 彼女は今まで表情をほとんど変えなかったが、それはもうにっこりと笑顔を浮かべた。

「ちょっと鶴丸くんのちんこを描きたくてですねぇ。夏のコンクール用に」
「「やめてくれ」」

 鶴丸と先生の声はぴったりとそろった。