「主、文が届いてたぜ?」
鶴丸国永はそう言って審神者に白い封筒を渡した。審神者は戸惑った顔をほんの一瞬だけ浮かべると眉尻を下げて微笑んだ。
「ありがとうございます……でも、三日月さんは?」
「その三日月に頼まれたんだ」
「もう……三日月さんってば」
三日月宗近は審神者の近侍だ。しかし、三日月は近侍の仕事を鶴丸に頼んでしまうことがしばしばあった。
審神者は困ったような顔つきで溜息を吐く。その頬はすこし赤く染まっていた。
「なあ君、どうして近侍を三日月にさせてるんだい」
「どうしてって……」
「惚れてるのか?」
「なっ」
審神者は絶句した。その表情を見て、鶴丸は口元だけ笑みを作る。
「ははは、冗談だ。さて、用事もすんだし俺は内番の様子でも見ておくか。……ああ、もし手伝いが必要なら言ってくれ君が望むならすぐに駆けつけるぜ」
「ありがとう、でも大丈夫。もうほとんど終わってるから」
「そうか、それはよかった」
鶴丸は審神者の部屋から出ると、長く息を吐く。胸を刺されたわけでもないのに、ちくりと痛みを感じた。
「そうだよな……やっぱりそうなんだな……君が好きなのは」
唇を噛もうとして、自身を傷つける行為だと気づき止める。自分勝手な感情で審神者を困らせたくはなかった。
◇
その日は、演練をする日だった。
鶴丸、三日月、太郎太刀、燭台切、獅子王、骨喰が審神者と共に政府が用意した演練場へと向かう。
演練場はドーム状の建物だ。その建物の中央で演練は行われていた。
演練をする場所には結界がある。その中に入ると刀剣男士の状態が記録され、結界の外に出ると結界に入る前の状態に戻るようになっている。
そして破壊一歩手前になれば、強制的に結界の外に弾き飛ばされるようになっている。まだ経験の浅い刀剣男士に思いっきり戦わせることができるのだ。
破壊される危険がないので演練をさせたい審神者は多く、演練は午前に5回、午後に5回までしか参加できないようになっていた。
審神者は演練の受付で札を5枚貰い、その札に”一○六○”と書くと梅の紋の札入れの中に入れた。札はカシャンと音を立ててどこかへ消え、演練場への扉が開く。
「皆さん、頑張って――」
彼らが演練場に行くのを、審神者は微笑んで見送る。その、自分達を信頼している審神者の笑みに、鶴丸はいつも見とれてしまうのだった。
演練はとても盛り上がっていた。経験の差はほとんどなく、互いの技術を高めあえる演練だったからだ。
結果はなんとか勝つことができた。だが、次に演練をすることがあれば敗北してもおかしくない。そんな演練だった。
いったん休憩しましょう、と審神者は提案し演練の観覧席に刀剣男士を座らせた。
「お茶、買ってきます」
「いいぜ、そこまでしなくても」
「いえ皆さん汗をかいてますから、無理しないでください」
「なら、俺も一緒に……」
「ちゃんと休んでいてください! 大丈夫ですから。じゃあ、行ってきますね!」
鶴丸が立ち上がると、審神者は早口で言うと逃げるように去っていった。鶴丸はポカンとした顔で立ち尽くしており、それを見て燭台切と獅子王はふっと笑った。
「鶴丸さん、待っていようよ」
「そうしてやれよ!」
「い、いやそうは言ってもな……主を一人にしておくわけには」
鶴丸は審神者がどこにいるのか、見失わないように目で追った。追いかけたくて仕方がない風だった。
「そんなに気になるなら、後をつければいいだろう」
「……あ、そうだね。そうすればいいんじゃないかな鶴丸さん」
三日月の提案に燭台切が頷いた。他の刀剣男士も三日月の提案に賛成らしく、畳に座って休憩していた。どうやら審神者を追いかけたいのは鶴丸だけらしい。鶴丸は不満そうに唇をとがらせた。
「……君達は、主が心配じゃないのか」
「ああもちろん心配だぞ、早く行ってやれ」
「俺はここで待ってるぜ」
「見失いますよ」
鶴丸は小さく溜息を吐いた。
「わかった、俺一人で行ってくる。……全くどうしてここの刀剣男士はまいぺーすなんだか」
結局、鶴丸一人で審神者を追いかけることになった。
審神者に追いつくのは簡単だった。鶴丸は審神者に見つからない距離を保ち審神者の後ろを歩く。
自動販売機が置かれている休憩室の様な場所に審神者が入って行った。その内戻ってくるだろう、と鶴丸はその様子を遠くから見守る事にした。
すると、自動販売機の前にいた男が審神者を見て声をかけた。
胸騒ぎがした鶴丸はその自動販売機がある部屋の中に入ろうとしたが、タイミング悪く出入り口に見覚えのない女審神者2人がたむろし始めた。これでは審神者の様子が詳しくわからない。
一体いつになったら女審神者二人は去ってくれるのだろうか。
「ねえ、あの審神者って……」
「……淫乱女じゃん」
何をいっているのだろうか。鶴丸は口をはさみたくなるのを我慢し、彼女達の会話に聞き耳を立てた。
「この前も他の男に告白されてたよね」
「そういえばそうだよね。よくひっかけるよね」
「だから、近侍も三日月なのかな」
「毎晩ヤッてるんじゃない?」
女審神者二人はクスクスと笑う。鶴丸は聞いているだけで不愉快になり、二人を睨んだ。
女審神者二人はその視線に気づくと、そそくさと自動販売機から離れて行く。鶴丸は追いかけて問い詰めたくなる気持ちを堪えて、審神者と男の様子を窺った。なんとなく、入りづらい空気だったからだ。
「……あなたのことが好きなんです」
鶴丸が言いたくても言えなかった言葉を、その男は言っていた。
「あの……私」
「これ、連絡先です」
男は審神者の手をぎゅっと握る。
「――っ」
鶴丸の体は勝手に動いていた。
審神者と男の間に割って入り、男の手から審神者の手を奪い取った。
「俺の主に、用か」
その声は鶴丸自身、驚くほど低かった。
男の赤い顔はサァッと青くなる。
「あっいや……なんでもないんだ」
彼は苦笑しながら「それじゃあ」と言って逃げるように去って行った。
「つ、鶴丸……?」
突然現れた鶴丸に審神者は戸惑っていた。
「……あ、いやすまない。つい体が動いてしまった」
「ううん、ちょっと驚いただけ」
鶴丸が振り返ると、審神者は俯いた。
「主? そういえば、さっきの男に何か渡されてなかったか?」
「え、うん」
審神者はそっとその紙を袖の中に仕舞う。
「それより、お茶買わなくちゃ」
自動販売機にお金を入れて、審神者はお茶を選んだ。六本買うと、両手に抱えて振り返る。
「それじゃあ行こうか、鶴丸」
「ん? 俺が持つぜ」
「……っ」
審神者の胸の前にあるペットボトルに鶴丸が手を伸ばすと、ペットボトルは全部床に落ちてしまった。
「ご、ごめんびっくりして!」
審神者は鶴丸に頭を下げると、そのまましゃがんでペットボトルを拾い始めた。
「いや……」
鶴丸も腰を下ろして、ペットボトルを拾う。
「たくさんあるだろう、俺も持つ」
「……うん、ありがとう」
鶴丸は四本、審神者は二本ペットボトルを持ち、刀剣達が待つ場所へと戻る。鶴丸は俯いたまま歩く審神者の後ろをついていった。二人の間に会話はない。
刀剣達の姿が見えると、審神者は鶴丸をおいて走って行ってしまった。そして三日月の前まで辿りつくと、審神者の硬い表情が緩んだ。何か三日月に対して怒っているようにも見えるが鶴丸にはそれが苦しかった。
鶴丸はそっと胸に手を当てる。
今まで、見ないふりをしたこの感情。それももうできなかった。本当の人間でもないのに息が苦しい。血液が鉛になったかのように全身が重くなっていく。舌は焦げたかのように、痺れていた。
(……もうだめだ)
もう、手におえない。こんな感情は。
せめて審神者が幸せならと思っていた。だというのに、いつからこんな汚い気持ちが混ざってしまったのか。独占欲よりも酷い欲望が鶴丸を黒く染めていく。
(君の瞳が俺を見ていたことなんてあっただろうか)
審神者が見ているのはいつだって三日月だ。その瞳は活き活きとして輝いている。その眼で見つめられることも、近くで見ることも鶴丸には叶わない。
黄金の瞳はじっと審神者を見ていた。
――俺は、ただ君が……
その顔に以前の鶴丸の面影はない。何があっても口元の笑みを消さなかったというのに今は何の感情もない。
鶴丸の異変に気付く者は誰一人いなかった。
……かしゃん、とどこからか冷たい鎖の音がした。
◇
「主、文が届いていたぜ?」
鶴丸はまたも三日月に捕まり、文を届けるように頼まれた。苦しいのなら断ってしまえばいいことを鶴丸も自覚している。
「ありがとう……」
審神者はやはり鶴丸を見ずに、文を受け取った。
いつもの鶴丸ならそのまま審神者から離れるだろう。しかし、今は違った。文を受け取った審神者の手首をしっかりと掴んだ。
「三日月からの恋文か?」
「え」
審神者がぱっと顔を上げ、真っ赤になっているのが鶴丸の瞳には映っていた。
「そ、そんな訳ないです! これは政府からの書類で……!」
審神者は今にも泣きだしそうだった。その姿に鶴丸は歯切りした。
「冗談だ。そんなにむきになるなよ主」
「だ、だって恋文って……って鶴丸、ねえ手を離して!」
「嫌だ」
「――っ」
声にならない悲鳴をあげると、審神者は目を瞑って顔を背けた。
「そんなに俺が嫌かい」
「ち、違うそうじゃなくて……」
それならどうして目を合わせようとしないのか。
鶴丸は審神者をつかむ手を離す。その時、審神者の瞳が揺れた。唐突に離された手は、宙に浮いていた。
「……いや、俺が悪かった。からかいすぎたな」
「えっと……」
困惑する審神者から鶴丸は離れ、襖を開ける。
「じゃあな、主。邪魔したぜ」
できるだけ、審神者を見ずに鶴丸は部屋を出た。
心臓がバクバクと音を立てていた。もう、引き返せない。審神者に嫌われようと、鶴丸は構わなかった。それよりもこの黒い感情をどうにかしたかった。
「どうしたんだ、鶴丸」
縁側を歩いていると、三日月に呼び止められた。
「……なにがだい」
「いや、すごい執着だと思ってな」
口元を手で多いはははと三日月は笑った。
「悪いか?」
鶴丸が苛立ちを隠さずに三日月を睨めば、三日月は笑みを一層深くした。
「俺は何も言わん。まあ、あまり審神者に無理はさせるなよ」
「……」
答える余裕はなかった。
三日月にはばれていた。鶴丸が何をしたのか。これから何をするのか。
知っているというのに、三日月は止めようとしない。
それがさらに鶴丸を苛立たせることになると知っているのか知らないのか。
三日月はもう用はすんだらしく、鶴丸から離れていく。そこは審神者の部屋だった。
ああ。ああ。ああ。
行くな、と言いたかった。
きっとこれから審神者は三日月に慰めてもらうのだろう。審神者は泣いているかもしれない。その涙を拭いそして――いやこれ以上考えるのは鶴丸にとって毒でしかないだろう。
(俺は、どうやっても三日月には勝てないんだろう)
悔しいし、羨ましい。三日月を見る審神者の目を鶴丸は何度も思い出す。あんな風に自分のことを見てくれたならと思う。しかしそれは叶わないことだった。
審神者は鶴丸を避けている。
それは、誰が見てもわかることだった。
◇
空には大きな満月が現れていた。夜だというのに、その月の輝きで外は明るかった。
鶴丸は審神者の部屋の明かりが消えたのを遠くから確認する。
「仕込みは上々……」
無意識に、鶴丸の口の端は歪んでいた。彼を止めるものは誰もいない。審神者の近侍の三日月が来る気配は全くなかった。
(俺が食べてしまっても、余裕というわけか)
それほど三日月には自信があるのだろう。
馬鹿馬鹿しくなった鶴丸は忍び足をするのもやめて普通に審神者の部屋の前まで歩いた。襖を開くと、ひゅうっと小さな追い風が吹き、審神者が襖の方を見た。
「……鶴丸?」
審神者の声を無視し、鶴丸は襖を閉めた。
かしゃん、かしゃん、と金属が擦れる音をさせながら鶴丸は審神者の傍へ行った。
審神者は鶴丸を見てから、微動だにしていない。ただひゅう、ひゅう、と喉から息が吐き出されていた。――まるで、声が出せないかのようだった。
……鶴丸には、見えている。
審神者の白くて細い喉を自身の鎖が締めていることを。もちろん、喉だけではない。審神者の体には無数の鎖が絡まっていた。霊力の薄い彼女には見えない鎖。審神者だというのに、平凡で優しく愛らしく……それなのに淫乱な鶴丸の主。
「――て」
今、彼女は『助けて』と言ったのだろうか。
鶴丸の口角は自然と上がっていった。
「うん、どうしたんだ?」
審神者の肩に鶴丸は手を置いた。
審神者は顔を蒼白にしていた。
「んっ……ん……」
「ああ。安心しろ、今君を助けてやるからな」
鶴丸は乱暴な手つきで布団をはぐと、審神者の体にのしかかった。審神者の悲鳴のような小さな声が聞こえたが、鶴丸の手は止まらない。浴衣の帯を外し部屋の隅へ投げた。襟を左右に広げれば、審神者はの白い陶器の様な肌が露わになる。審神者の乳房の前では鶴丸の鎖がきつく締まったり緩まったりを繰り返していた。時折、鎖の輪が乳首にはまっている。審神者には見えないが、その乳房はぷっくりと膨れていた。
腹の下を見ればどうだろう。そこにも鎖はまかれており、審神者の割れ目には下着の上から鎖が当てられていた。審神者の薄ピンクの派手すぎない下着は鶴丸の好みと合っていた。その下着には濡れた痕があった。
鶴丸は身動きのとれない審神者の股をぐいっと開くと、その股に顔を近づけた。
「ーっ! ーっ!」
審神者は羞恥で、体を動かそうとするが全身を鎖で縛られた彼女は微動だにすることができず、ただ喉を鳴らすことしかできない。
鶴丸は審神者の股を締めている鎖に軽く口づける。
「……んっ……!」
掠れた声だった。
その審神者の反応を見ると、鶴丸は唇をゆっくりと下へ移動する。
「……ぁ……うっ」
鎖が下着に食い込んだ。
もし今、鎖をきつく締めたらどうなるだろう。そんなことを考え、鶴丸は自身の霊力でできた鎖をきつく締めた。審神者の喉以外の肌に鎖が食い込んでいく。
「ぁ、んんん……ーッ!」
体中を締められる感覚に耐えられなかったのだろう。審神者は、目尻に涙を流して体をガクガクと揺らし――たくても硬直したままで性的快楽を逃がすこともできずにいた。
数秒してそっと鎖を緩めると、審神者は溜まっていた涙をぼろぼろと零して泣き出した。その涙を鶴丸が拭ってやろうとすると、審神者は怯えた表情を見せる。
(今更、涙を拭ってどうするんだ)
鶴丸は手をひっこめると、今の自分の顔が見れないように審神者の胸に舌を近づけた。胸の鎖を少しずらし、審神者のほんのりと赤くなった乳房に甘噛みした。
「ンンンンンッ、んっ……んんッ!」
審神者の体の芯がびくびくと震えているのを鶴丸は感じ取った。鶴丸の鎖で縛られた審神者は大きく震えることはできない。本当に微かに、波打つことしか許されなかった。
「そんなに気持ちいいかい」
「〜〜ッ」
違う、と言いたいのだろう。
しかし審神者の乳房は硬くなり、舌先で弄べばこりこりとした感触があった。嫌いな鶴丸に体を触れられているというのに、胸は立ち、秘部からとろりと出た蜜が下着をベトベトに濡らしていた。
「本当に淫乱なんだな」
口を歪め、侮蔑するように鶴丸は言った。
演練で聞いた、審神者が色々な男とやる淫乱な女だという話を鶴丸は本気で信じているわけではない。信じているわけではないが、本気で抵抗しているように見えない審神者を見て、鶴丸はまた苛々してしまうのだ。
「君は男なら、誰でもいいのかい?」
「ーっ! ンっ! ……んぁ……ッ!」
審神者が必死になって否定すれば否定するほど鶴丸の黒い感情が濃くなっていく。心の底から好きだった審神者に酷いことをしたくてたまらなくなかった。
「ははっ……ほら、本当は欲しいんだろう」
鶴丸は鎖を動かす。審神者の両股を左右に広げ、M字に開脚させた。
自分の意思とは反する行動に、審神者の口から悲鳴らしき声が漏れた。
「うっ……ァ……う!」
「こうやって君は他の男を誘ったのかい」
審神者は喉を鳴らし声にならない声をあげながら、濡れた瞳で鶴丸を見つめた。
何かを伝えたいのだろう。
鶴丸はその顔にゾクゾクし、欲望が膨れた。
ひたすらに、まっすぐ審神者が鶴丸を見ている。懇願するように、誘うように。鶴丸にはそうとしか見れなかった。
「――主、今からたっぷり犯してやるからな」
告げられた審神者は更に涙を零す。その瞳の色は仄暗く光っていた。